CuraanaNow
「あーくそ、やり直しは何回やってもなれねえな……」
in:待合所
「じゃあそのまま頼む」
あっさりと頷いた。
躊躇うことはなく、同じように気楽に。
in:研究区画
「んー……髪とか傷跡とかは気にしなくていいぜ、どうせ治るし」
異常な事だが、あなたが見たがった変異の姿になればある程度の傷は回復する。
クラアナではあまり役に立たない速度なので探索には役に立たないが、再生能力がある事に男は自覚的だ。
「多少無理しても死なない……と思う。いや脳は分からんが……目とか指とかは時間かければ生えたし……」
in:研究区画
スキャンすれば歪な形をした脳髄が映るだろう。
犬と人の合の子のような、変形した脳だ。
脳の中枢神経部分に奇妙な腫瘍があり、硬質化しているのが分かり、奇妙な光でてらてらと輝いているのがCTスキャン越しにも分かるだろう。
その近くにチップは埋まっている。
無機質なそれは、静かに脳の神経に埋もれていた。
in:研究区画
「槍以外は結構降ってくるけどな……。トゲとか。
……ん、なら、任せた」
頬をかきながら立ち上がる。
顔色は相変わらずだが、多少の覚悟は決まったようだ。
頭の中を開示する。これが物理で行われることに、最早抵抗はない。
あなたの腕と、誇りを信用している。
「……へいへい。まあなんとかするよ。
俺もまだ目的のために頑張ってる途中だからな……」
処置台の上に向かう体は震えている。
根付いたトラウマが本能的に拒否を叫んでいるが、理性の楔で足が逃げ出すのを留めていた。
処置台へ上がり、息を整える……。
in:研究区画
「は!良かった。これであんたが対価は求めませんとか言い出したら、クラアナの大変化が起こるとこだった。
———そうだよな、施しには対価がいるもんだ。そういうのの方が……安心する」
付近での会話のやり取りから、こっちの機微なんかガン無視されるのは知っているのだ。
呆れこそすれ怒りはしない。むしろ、そっちの方がらしくてよい。
「コウモリ……ああ、つまり、委員会だの反キだのに大きなことが起こりそうなら事前に知らせろって事ね。
またなんか不得意そうなのが出たな」
腹芸は得意じゃない。嘘が下手なのにはびっくりするくらい定評がある。
あなたが中立を志し、派閥争いに興味がないとはいえど、その探求の道がどれだけ広く複雑なのか男には計り知れない。
研究区画嫌いな友人もいるため、胃が擦り切れそうな求めである。
とはいえ、ど。
「あとで端末貸して。連絡先送る。
避けれるトラブルは避けた方がいいのは同意だよ。
あんた、強いし。数多いし。賢いサイコだし。
好きな研究にずっと向かってくれてた方が建設的なのはよくわかる。
お友達との世間話くらいなら、なんとでも誤魔化せるだろ」
in:研究区画
思ってもいない提案に黙った後、探るような目で貴方を見た。
「……俺は旦那の事は結構尊敬してるし、すげー奴だと思ってるが、いい奴だとはあんまり思ってない。
その提案はなんていうか……その、魅力的だが、何を差し出せばいいわけ?
対価が命とか、友達とかそういうのじゃなきゃ努力するけど……」
あなたのような人から善意の提案がされるとはあまり考えにくいと男は思っている。
合理性を重んじるあなたの手を借りて、そのうえ煩わせるのだから、何か対価が必要なのではないか、と。
in:研究区画
「……あんたいつもこんなん打ってんの?バカスカ……付近でも変な薬剤入れてるのはみたけど……うぇ……」
なるほど過剰投与。
あなたがその名前を名乗る理由がわかる気がした。躊躇いもなく自分にもぶっ刺すその仕草に、この感じる不快感はあなたにとって慣れたことなのだと男は思う。
脳の中から響く電気信号を伴った声は収まったが、顔色は蒼白だ。
辛うじて取り繕おうとしていた平気すら剥がれてしまい、ため息がおちた。
「……そりゃ、満点出せれば俺だって助かるけど。
複製体のデータだとか弄れる頭もないし、対抗策なんてさっぱり。
対処療法すらままならないから……旦那に縋ってる訳ですよ」
異世界から来て、ナノマシンとかデータとかと無縁の生活だったから、そういった方面の知識はさっぱりだ。
in:研究区画
「ぎっ……!?」
首筋に叩き込まれた鎮静剤。
鎮静剤と言うからには痛みが収まるものだと思っていたらどちらかというと意識が飛びかけるものだった。
激痛と不快感どっちがマシなのだろう。
肌がぶわりと泡立ち、変異は止まるものの顔色は真っ青になり、ずるずると椅子の上でへたり込む。
頭の奥が真っ白に漂白剤につけられて、何も全く考えられなくなる。
なにか言おうとして口をパクパクさせるが、今すぐに胃の中のもの全部吐きそうになり、あわてて口元を抑えて恨めしげにあなたを見る……。
in:研究区画
「見てえなら後でゆっくり見せてやるからとっととこいつ黙らせてくれ!!」
流石に泣きが入った。
額の脂汗がゆっくりと落ちて床で爆ぜる。普段なら注射器を見るだけで脱兎で逃げるが、今だけは激痛から動くことも出来ない。
「……ひっ」
とはいえ明らかに振りかぶる動きに思わず動揺して身動きしてしまうのは仕方ない。むき出しの首筋を貫く針の痛みは、もしかしたら少し目測とずれるかも。
刺すモーションと言うより殴るモーションにしか見えない。
痛むだけで済むのかそれほんとに!?
in:研究区画
「……た、のむ。頭のが黙るならなんでもいい」
ぜえぜえと頭の中のナノマシンの情報の暴力。それに伴い強い興奮と憤りが男の意志と裏腹に変異を促している。
そのきっかけは間違いなくあなたなんだろう。
迷ったが、いつもの薬と手元にない以上、手段を選ぶ余裕はなかった。
あなたの視線に晒される事に躊躇いながらも、脳を掻き毟るデータの痛みに耐え兼ねて額に青筋を浮かべて頷く。
in:研究区画
息を荒くしながら声を聞いている。
頭の奥が痛い。言ってはいけない言葉が落ちたのが分かり、がなりたてる何かが頭の中にいる。
脂汗が滲み、ぞわぞわと毛が逆立つだろう。
骨格からミシミシと嫌な音が鳴り出している。
「そ、りゃよかっ……た。すまんちょっと……待ってくれ、気持ち悪い……」
あなたの前で男の体が奇妙な変異をしているのが分かるだろう。
顔を抑える手は、既に人のものでも義体のものでもなくなっている。深緑の太い、犬と人の手を足して2で割ったような、黄ばんだ爪の獣の腕が現れている。
「…………ああくそ!頭の中がうるっせえ……!」
in:研究区画
「あるんだー……」
知らなかった。
あなたの言葉を噛み締めながら、記憶を攫う。何代も前とは言えど、ナノマシンに焼き付けられた記憶は失うことが無い。
その記憶の中には、辛うじて残っているものがある。
「……天上のキカイ、の、総意、とはまた違うと思う」
掠れた声でぼそぼそと、ギチギチと痛む頭に伴って、少しだけ瞳の瞳孔が割れる。
「……俺の特殊指導は、特殊指導室、とかでは行われなかった。ここで……研究区画に、連れ込まれて……。検体?を、やること、だった……はずだ。チップ、の話はなかった。
…………けど、俺はそのチップで、委員会の連中にこき使われる事になって……?」
グチャグチャな言葉だ。理解をされるかは怪しい。
特別指導の内容はあくまでもこの区画で検体をやることであって、チップを埋められて制御されるものでは無かったのでは、と伝えたいらしい。
ただ、言葉をひとつ紡ぐ度に酷い痛みに襲われるのか途中途中、激痛に耐えて歯を食いしばって言葉を紡いでいる。
in:研究区画
「国は向かないなあんたには……」
端的感想。クラアナ付近の振る舞いから見ても何となくそんなイメージ。
「……んー、まあ、そうだよなあ」
困ったように頬をかく。
それはその通り。やらかしてしまったツケの精算のひとつがこれなのだから、本来であれば文句も言えない立場だ。
あなたに危険を犯させる理由はない。断られてしかるべき。
ただ、男はこれをつけたまま家に帰るわけにも、友人に会う訳にもいかないわけで……。
「…………、引き受けてもらうための条件とかって、なんかあったりするか?」
結局、なれない交渉をするしかないのである。
in:研究区画
「興味があるものに国民全員で挑んで飲食しないで滅びそうな感じがある」
失礼。
まああなたの言うとおり研究職のものが政治には向くまい。
「……それ試した事あるけど無理だった。まあ試したって言うか、偶然頭かち割られただけなんだけど。
……人格抑制チップ、みたいなもん。詳しくは知らん。特別指導で埋められて、……前の俺は友人になんとかしてもらったけど、ちょっと、今は、その余裕がなさそうで」
元より命を安値で捨ててるタイプの人間だ。倫理観のなさはどうなんだとは思わなくもないが。
事故で何度か頭を潰されたことはあるが、このチップが失われることは無かった。
運良く前は壊してもらったが、諸事情から二度目は頼れない状況だ……。
in:研究区画
「ジョークだよ。
そんなにあんたが居たら見物だろうな。とんでもねえ火の玉研究国家になってそう」
苦笑しつつ、そういうものだと受け入れる。
理解を放棄して、あるがままを。異常を異常なまま飲み込むのがある意味彼の処世術……だった。
今はどうだろう。あなたのあり方に、羨ましいと少し思うかもしれない。
「……昼くらいに死んじまって、複製体なんだ。俺。
それはいい……んだけど。ちょっと、問題が出ちまってて。
頭の中に埋め込まれたチップを、外して欲しい」
途切れ途切れに言いながら、額にまた手を当てる。
ジクジクと疼くような痛みと違和感。自分の声と重なるような、同じ声。グラグラと根っこが揺さぶられるような不快感を脳に抱えている。
in:研究区画
「いいよ、急に押しかけたのは俺だし……」
と、固辞しようとして同じ顔が居ることに一瞬びくりとする。
同じ顔が同じ声で話し合い、情報を交換している姿に変な笑いが出た。
「……分かっちゃいたけど、相変わらずすごい絵面だ。人種:オーバードーズの旦那って感じ」
軽口を叩きつつ、どうしようかと視線をさ迷わせる。
心持ち施術台からは遠いオフィスチェアを借りる事にした。なんとなく動きが硬い。
「ええと……あー……借りるわここ」
in:研究区画
「そうは言っても用がなきゃこないからなあ……。違和感があるのはしゃーねーっつうか」
すれ違う職員から距離を置き、後ろをついていく。
セキュリティゲートを潜り、覚えられるか分からないような道筋で人気の少ない区画について行けば行くほど、あなたのここでの独立っぷりが分かるようだ。
あなたの言葉に、男はやや固く頷いた。
「……じゃ、お邪魔します。ああいや、……失礼しますか?」
in:研究区画
「……おお、旦那。なんか付近近くで会うのは……変な感じだな」
顔を上げて息を吸う。
ひとつ、ふたつ、パチッと切り替えるように強引に明るい笑みを浮かべてあなたを見上げた。
空元気なのは先程の顔色を見ていればすぐに分かることだろう。
「……おう、助かる」
素直に頷いてついて行くことを了承した。
in:研究区画
「……はい」
軽率かもしれない、とは思った。
だけれど考えつく最善がここくらいで、……半ば混乱した頭がヤケっぱちになっているのは否めない。
曖昧に頷いてソファーに座る。
額に手を当てて項垂れて、ズキズキと痛むアタマを誤魔化している。
in:研究区画