CuraanaNow
暫くぶりに姿を現した猟犬は、独り穴の中を歩いていた。
地上でいざこざに巻き込まれ、しばらく資材を稼ぐ暇もなかったのだ。
生き延びるだけの日にちを稼ぐ貯蓄があったのは幸いだったが、それもいつまでも保つものではない。
「ハッ… なんだよ、肩透かしだぜ。
やる気になってみりゃあ簡単なもんだ」
地に伏せ、文字通りの残骸と化したキカイを見下ろす。
以前は撤退を強いられた相手だが、腹を括って殴り合うつもりで戦えば猟犬の敵ではなかったらしい。
こんなところで足踏みしていたとは、なんて乾いた笑いがついて出て。
ともかく、これで先への道は拓けた。
他の探索者と比べるとずいぶん遅れを取ってはいるが、まぁ問題はない。
ここからのんびりと深層に降りていけばいいだけだ。
「暫くお預けくらってたからな。
久しぶりに楽しませてもらうとするか」
銃をホルスターに仕舞い込み、物言わぬ残骸を蹴飛ばして。
猟犬は鼻歌混じりに下層へと降りていった。
in:クラアナ内部
廃棄区画の奥。残骸が折り重なる通路の端。
既に使われなくなって久しいメンテナンス通路のハッチを開いて、赤髪の女が入っていく。
打ち捨てられた部屋。人が踏み入らなくなってかなり経っているその場所は、身を隠すにはもってこいだ。
猟犬は新たな隠れ家に戻れば、運び込んだソファにどっかりと腰掛けて息を吐いた。
「…当面の目標は、例のガキの情報を集めるところからだな。
委員会連中を顎で使えるいいご身分らしいが、このバスカーヴィルに喧嘩売ったこと、きっちり後悔させてやるぜ」
in:廃棄区画
「…酒、酒かぁ。
とりあえず飲みにでも行くかぁ…」
このままボケーっとしていても埒が明かないし。
一旦酒場で酒でも入れて思考をクリアにしよう。
本来酒なんか飲んだら返って考えが濁る気もするが、ぐだぐだと余計なことを考えずに済むのは確かだ。
思い立ったら行動。
女は立ち上がったそのままの足で、酒場の方へと歩いていった。
in:アンダーボード
「いやぁ、先日の騒ぎ。
結構派手だったねぇ。死傷者なんか出てないといいんだけど」
ラボの休憩室でのんびりコーヒーを飲みながら。
緑髪の男は先日の研究区画での事件の記録書を流し読みしていた。
区画の最奥にあるこのラボにはあまり関係のないことだが、まぁ研究区画であれだけの事故が起こったのならば、耳に位は入るというもの。
気にもなるのが人間の性質というやつだろう。
「炎上に汚染騒ぎだ。
犯人はなかなか思い切りがいい人物だろうね。
いやはや、明日は我が身かもしれないし、気を引き締めないとな、なんて思っちゃうね」
恨みを買ったり、何かを抱え込んだりはこの区画ではよくある話。
爆発するかもしれない劇物を扱っているのは自分たちも一緒だ。
気を付けておかないとね、なんて警備の兵士に片目を瞑って、飄々と仕事に戻っていった。
in:研究区画
気分悪そうに路地から出てくる女が一人。
アンダーボードの闇医者のところを尋ねていた女は、処置を終えた脇腹を押さえて適当な場所に座り込んだ。
壁に背を凭れて、煙草に火を点ける。
薄暗い路地に、煌々と炎が揺らめいて。
それから紫煙を吐きながら、暫くは空なんか見上げて考え事だ。
気に食わないが、考えなきゃならないことが山ほどある。
in:アンダーボード
「有力者の娘… この前ブッ殺したガンマン爺の身内だって知った辺りからきなくせぇとは思ってたぜ…
狙いはハナからアタシかよ…!」
以前、エデンボードでキカイの破壊事件を起こした男。
その始末を請け負ったのは自分だったが、まさかこんな形で因果が返ってくるとは。小さく、乾いた笑いが出る。
裏で糸を引き、委員会に依頼を飛ばして黒服をけしかけたのは
件の娘であろうな。
身内の復讐か、それとも……
とにかく、委員会に的を掛けられたことに違いはない。
「ちくしょう、こりゃ面倒なことになったぜ。
暫くは身ぃ隠してどうするか考えるしかねぇな…」
脇腹から溢れる血に表情を歪める。
傷の手当をするにしても、ここにはもう居られまい。
手負いの猟犬は息荒く、その場を後にした。
in:エンドボード
「…やられたぜ。
あのガキ、アタシをハメやがったな…!」
エンドボードの路地裏の一角。
黒服の男たちが血溜まりを作るその中心に、手負いの猟犬は立っていた。硝煙香る薄闇の中、弾丸を食らった脇腹をかばいながら、肩で息をしている。
滴り落ちる朱の雫が、血の海に小さく波紋を作っていた。
エデンボードで発生した、有力者の娘の失踪事件。
それを追っていたバスカーヴィルは、少女の足跡を追って彼女がエンドボードで攫われたことを突き止めていた。
手がかりを求めて現場に来てみれば、待っていましたと自分を出迎えたのは複数人の男たち。
激しい銃撃戦の後に、血溜まりに伏した男たちの襟には、【委員会】の徽章があった。
──自分は嵌められたのだ。それに気付くのに時間はかからなかった。
in:エンドボード
家という概念は理解はしている。
アンダーボードで生活していた空間も、見方によっては家と言っても差し支えないのだろうが、今回のそれは地べたに寝床を敷いて寝ていた今までのものとは違う。正真正銘の物件だ。
自分で買ったわけではないからいまいちそれが手に入ったという実感は湧かないが、少女の微笑みを見れば、落ち着ける場所があるのだなとは確かめることが出来た。
「ん、そうしようか」
その言葉に頷いて。
そうしてこちらも永久生存権を手にいれる。
名実ともに、これで自由の身、という事だ。
in:マーケット
「わかった。それでいいよ」
部屋の間取りやら何やら、すべて彼女に任せきりになってしまうのは申し訳ない気もしてはいるのだが、自分からなにかリクエストがあるわけでもない。
彼女がそれで良いのならば、自分も文句はないと頷いて。
in:マーケット
「好み…?」
小首を傾げて、その問について考え始めた。
見せられた部屋の一覧を眺めて、目を細めながら。
好みというのは人間の個体差における代表的な感覚の一つだ。
個人個人によって好むものが違うという、なんとも不思議な現象。
複製体にとっては未だよく理解の及ばない感覚であり、それを問われてもすぐさま返せる答えはやはり出てこない。
「……………ごめん。よく、わからない」
暫く悩んで、絞り出すようにそう口にした。
表情は変わらないが、少し申し訳無さそうな声色で。
in:マーケット
男が差し出した写真を受け取って、
猟犬は怪訝そうにそれに写った人物の姿を見とめた。
『エデンボードに住む、有権者の娘だ。
数日前から行方不明になっている』
「行方不明? エデンじゃ日常茶飯事だろ。
この腐ったピザの中で居なくなったやつは、大抵見つかるこたぁねぇ」
『それを見つけるのがお前の仕事だ、バスカーヴィル。
この有権者は委員会に多大な出資をしている人物だ。
その直々の依頼を蹴るわけにはいかない』
「はっ、そりゃいい。手前らもケツに火が付いてるってわけかい。
ま、人探しくらいなら別に構わねぇけどよ。
探すアテはあんのか?」
『それも含めて捜査するのも貴様の仕事だ』
「だと思ったぜ」
写真を懐にしまい込んで、煙草を携帯灰皿に突っ込む。
審問官の男に送り出された猟犬は、そのまま委員会を後にした。
in:生存価値向上委員会
「13?」
そう言われて、あぁ、と漏らした。
久しく呼ばれていない、自分の製造番号。
自分が【名もなき子供たち】であったことの唯一の証明。
「…シュラハトがそれでいいなら、私は構わない」
13という数字は自分にとって唯一意味を持つ数字だ。
それは自分がこの世界にいた証。
それはこの世界に、自分の姉妹たちが居た証。
彼女たちが居たことを忘れぬように、それを胸に抱き続けるのは、十二号の遺志を叶えようとしている自分のしなければならないことだ。
in:マーケット
「……委員会サマってのも、どうにも一枚岩じゃあないようだなァ? 権力闘争で忙しいってか? 随分と俗っぽいじゃねぇか。えぇ?」
委員会に響く怒声やらなにやら、それを廊下の壁に背を預けて煙草を吸いながら、女はけらけらと笑って目の前の長椅子に座る審問官に視線を向けた。
『ほかの委員がどう活動しているかに興味など無い。
私が求めているのはエデンの秩序のみだ』
「案外手前らが言う【不適合者】ってのより、委員会連中のほうがその秩序を乱してんじゃないのかね。
アタシからしてみりゃ、いい見世物だぜ手前らは」
女の言葉に、眼光鋭い審問官は無言の圧力を向ける。
それに肩を竦めながら、猟犬は紫煙を吐いた。
「で、アタシになんか用があるんだろ?
今度は何だよ。またお得意の【補助】でも頼みたいってか?」
『口を慎めよ猟犬。貴様とて指導対象であることを忘れるな。
…今回は人を探してもらう』
in:生存価値向上委員会
「落ち着くなら、治安のいい場所がいいかもしれない。
自衛が出来ないわけじゃないけど、誰かを傷つけたいわけではない」
かといって、あまりキカイに近いのも少し窮屈かもしれない。
そのあたりの判断は難しいところだろうか。
家具を選ぶ少女とともに、複製体はふむむ、とちいさく唸る。
in:マーケット
「ここはたまに食べ物を買うくらいでしか利用したことはない」
パンやら何やら、ちょっとした軽食を買うには丁度いい場所。
その他の雑多なものも手に入るが、その全容は把握していなかった。
「家具… たしかに、そういう物も取り扱っている場所はあるだろうね」
in:マーケット
「デート。正直、何をすればいいのか分かっていないけれど。
うん、行こうか」
in:アンダーボード
「寂しい? …そう。
別に、今生の別れになるわけじゃないよ。
暮らす場所は変わるかもしれないけれど、二度と会えないわけじゃない。
私が生きている内は、またいつでも会えるよ」
住居を変えても、お互いの繋がりがなくなるわけではない。
複製体は、いつか自分の手当をしてくれた彼女の暖かさを覚えている。
彼女の方がどうかはわからないが、どうあれまたこうして話すことがなくなるわけではないのだと、微笑んだ。
in:アンダーボード
「おはよう、シュラハト。
買い物、いくならいつでも行けるよ」
家やら何やら見に行くというのは既に聞いていたから、起きたら出発は出来うようにはしていた。
もっとも、自分の要望なんかは殆ど持っていないから、ほぼ彼女に任せることになりそうだが。
in:アンダーボード
「ん、おはよう… リサ?」
眠たげな瞳を湛えて。
知った顔の貴女と子猫に言葉を返す。
ネイバー、という言葉が出そうになったが、最近の周りの話を聞いていて彼女がリサと呼ばれているのは分かっていたし、複製体も少しだけ逡巡した様子を見せて、そう呼んだ。
in:アンダーボード
夕暮れ過ぎに目を覚ます。
何度か瞬きをして、身体を起こせば。一つ欠伸をしながら自分の頬を撫ぜた。
in:アンダーボード
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その女は、【猟犬】と呼ばれている。
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【バスカーヴィル】
テンガロンハットを被った赤髪の女。
粗野で気が短い、絵に描いたようなアウトロー。
リボルバーとショットガンを得物に、クラアナとエデンを気ままに往復している。
腕は確かであり、1000層以上を歩く事ができる【ディープダイバー】の一人。
深層に潜る理由は、「そのほうが退屈しない」から。
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交友:見知った相手、一方的に知っている相手
【ヒスイ】
自分と同じディープダイバー、その先達。価値観が独特だが、話すと楽しいやつ。
【No.3853】
クラアナ入り口で死にかけてたのを助けた。ありゃ造りもんなんだろうが、せっかく生き残ったんだから命は大事にしてほしいもんだ。
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サブキャラ 【サラーサ】
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資源回収用複製人間、【Nameless】
識別番号:十三番 複製体十三号
──またの名を、サラーサ。
現在到達地点:500層
目標:汚染探索者【複製体十二号】の撃破。
進捗:
◆100層区画105にて、十二号のものと思しき痕跡を発見。
◆200層区画87にて、十二号の痕跡を発見。同時に汚染探索者【複製体十二号】に奇襲を受け、撤退。
◆500層区画54にて、十二号の痕跡を発見。十二号本人のものと思われる電子端末を回収。修復を試みる。
◆十二号の遺した音声データを認識。彷徨う十二号を解放するため、最後のダイブを実行する。
◆十二号と対峙し、撃破。姉を汚染の苦しみから解き放ち、十三号、サラーサ── 生還。
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キカイによってクラアナの資源を回収し、納品するためだけに複製されている少女。
死を恐れず、痛みを恐れず、ただ従順に指示に従ってクラアナに降りて資源を集める。
個体名を与えられておらず、番号で管理されている。基本的には一度投入されたら死ぬまで使い潰される。
外見の年齢は13~14歳ほどに見える。
個体それぞれに特徴の差異はほぼ無く、感情も抑え気味。
しかし好奇心はオリジナルの影響かそれなりにあるようで、他の探索者たちとの交流に意欲を示す場合もある。
個体間での記憶の共有はされていない。
彼女たちは死んでも新たな複製が生まれるが、同じ【Nameless】は存在しない。
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交友:
シュラハト:死ぬたびに存在が入れ替わる、屍の少女。サラーサという名を十三号に付けた。
ネイバー:十二号に奇襲されて負傷した際、手当してくれた女性。