名伏　名無。偽名。
いつもの電車の、いつもの乗客。
数いる群衆の中の一人、
それ以上でもそれ以下でもない。

なかったはずだ。

大事なものを大事にできない。
できる人のふりをしている。

けど、ホントはとても大事にしたい。

在り方は在るままに。
自分が信じる方へ。

+

ジャズピアニスト。
辞めようと思っていた。
全部やめようと思っていた。

音楽が好きだった。
自分が嫌いだった。
自分の音楽は気に入っていた。
嫌いな自分が音楽をしているのが、
ひどく気に入らなかった。
音楽をしている自分を消そうとしても消えはしないので、やけっぱちに名前だけ隠していた。


音楽に罪はなかった。
罪は自分にあった。


願いは『解放』。
『自分』から解放されたかった。
『自分』から音楽を解放したかった。
自分ではない誰かになりたかった。
それからどうするかなんか、知らないけど。


そうやって馬鹿げたことをずっと考えている自分に、
いつも静かに怒っていた。


でも、自分の演奏で喜ぶ人がまだいるのなら。
まだ　弾き続けてもいいと思えたのだ。

本名は　在真　影近。

+


『名乗る程の者でも
　ありませんでした』
『けど』
『誰かの心には残れましたかね』


+



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